矯正歯科 横浜の体験記
スプレッドシートプログラムーは、やがて史上最も成功したアプリケーションとなったのである。
質を見抜いているから、安全を考えたら自分で車を運転してフリーウエーを走るようなことはやめたほうがいい。
しかし、技術的ビJなどというものは、実はそれほどたいしたものではないのだ。
ダン・Bがスプレッドシートを考え出したのは、確かに大事件である。
だが、これは一般的な技術的ビJの定義にはあてはまらない。
技術的ビJとは、他人の仕事に対して潜在的可能性を見いだすことだからである。
I社という器のなかで働いているエンジニアも、時にはものすごいことを思いついたぞ、と考えることがあるだろう。
しかし、彼の上司の上司の上司の上司もそう考え、業界の集まりでその考えを口にしないかぎり、そのビJが一般に受け入れられることはないのだ。
ダン・Bのスプレッドシートの発明はとてつもない奇跡だったが、それはビJではない。
それに対してM・Mは、I社PCを見て、すぐにそれがマイクロコンピュータ市場を支配するようになると推測した。
これをビJというのである。
ここに秘密がある。
ビJとは適切なものを見つけだし、そこに潜在的市場性を見いだすことに過ぎないのだ。
新聞で新しいハイウエーが建設されるという記事を読み、いまはただの田舎道にすぎないが、やがてフリーウエーの出口になるところにガソリンスタンドかファーストフードの店を作ろうと思いつく。
これがビJである。
いわゆる予言者のほとんどは、プログラミングもコンピュータの設計もしない。
少なくとも、もう何年間もそういった仕事はしていない。
こうした連中が有利なのは、他人が彼らの言うことに耳を傾けるI社PCが発表された時点で、I社PCで利用できるスプレッドシートプログラムはすでに二種類あった。
ビジカルクとマルチプランである。
どちらも、ほかのコンピュータから移植されたものだ。
どちらか一方が、ドン・エストリッジもI社PCの成功には不可欠と考えた、圧倒的魅力を持つアプリケーションとなっていた可能性はある。
しかし、ピジカルクもマルチプランも、I社PCの売ことだ。
そして彼らの言うことに他人が耳を貸すというので、本物の技術者たちはみな予言者を探し出し、自分の仕事をデモンストレーションしたいと考えている。
技術者たちは、自分たちがやっているすばらしい仕事を世間に知ってもらいたいのだ。
彼らは始終、ビJになりそうなことを思いつく。
予言者たちはビJを選り分けて、ちょっとした常識を働かせさえすればいいのである。
M・Mが常識隅を働かせた結果、I社はパーソナルコンピュータ業界で成功するだろうが、I社といえども市場に参入するには圧倒的魅力を持つアプリケーションが必要だという結論に達した。
Mが考えた圧倒的魅力を持つアプリケーションとは、I社PCの機能をフルに活かすためにゼロから書かれたスプレッドシートだった。
彼は、大手ソフトウェア会社のほとんどが、当然自分と同じことをするだろうと思っていた。
ところが、どの会社もI社PC本来の能力を活かしたスプレッドシートを開発しようとしている様子がない。
彼にとって何の障害もない分野が残されているのだ。
これを知ったMは驚いた。
11213の開発を決断することに、特別な頭脳など必要なかったのでダン・Bがスプレッドシートの特許を取ろうとしなかったのは、大きなミスだった。
それまでに何度かソフトウェアの特許権訴訟が起こされたが、連邦最高裁判所でいずれも敗訴に終わっている。
そこでビジカルクが発売された1979年当時は、一般的にはソフトウェアには著作権しか認めら上をセカンドギアに入れるために必要な性能と活力を持っていなかった。
これは、エストリッジにもわからなかったことである。
とはいえ、I社PCは間違いなく成功したように見えた。
1981年の暮れに出荷が開始されてから4カ月間で、I社は5万台のI社PCを売ったのだ。
一方、1981年のアップルの売上台数は、わずか13万5000台にとどまっている。
そして1982年の初めには、I社PCはアップルの二倍の台数を売った。
ただし、この時期にI社PCを購入したのは、魅力を持つアプリケーションではなくI社の名前にひかれた顧客が中心だった。
1981年末の時点で、アメリカには200万台のマイクロコンピュータがあった。
現在ではI社互換機だけでも6000万台以上のパーソナルコンピュータがあり、さらに毎年2100万台から1500万台が売れている。
圧倒的魅力を持つアプリケーションが必要になるのは、こうした成功の後半の段階、5万台程度売れても目立たなくなる時期である。
その圧倒的魅力を持つアプリケーション、Rーー2,3は、1983年一月ニ十6日まで姿を見せなかった。
れず、特許権はないと考えられていたのだ。
書物に記述された言葉と同じように、プログラムコードの個々の文字や特辱定のコマンドさえ著作権で保護される。
ところがプログラムが実行する機能そのものは、著作権では保護できない。
著作権では、スプレッドシートのアイデアを保護することができないのだ。
アイデアを保護するには、特許権が必要だった。
アイデアというのは、妙なものだ。
たとえば、いままでよりも品質の優れたネズミ捕りを考え出したとしよう。
もし特許局がそのネズミ捕りの設計が「新しく、実用的で、誰にでも簡単に作れるものではない」と認定すれば、もちろん特許を取得することができる。
だが、スプレッドシートの場合にはマイクロプロセッサ内部で電子が特定のリズムで動いているだけで、物理的な現象は起こらない。
著作権で保護されるのは実際に実行されるスプレッドシートの機能ではなく、この特定のリズムである。
スプレッドシートのアイデアを仮想壁憐械と認められなかったところに、特許法の遅れが表れている。
メカニカルな機械がやろうとしている作業を、ビジカルクはコンピュータ内部で処理しているのだ。
カムやギア、スプロヶットを使うとはるかに手間がかかる作業を、ソフトウェアで簡単にできるようにしているのである。
実際、ダン・Bがこのアイデアをメカニカルなスプレッドシートマシンとして設計していれば、特許を取得できたはずだ。
そして、その特許は個々のギアやスプロケットの使い方だけでなく、その根底にあるスプレッドシートのアイデアそのものまで保護したに違いない。
さらにその後、そのア−BMPC用のビジカルクが発売される頃には、Bとフランクストンのスプレッドシートは人気のあるマイクロコンピュータのほとんどの機種ですでに使えるようになっていた。
I社PC版のビジカルクは、実は移植のまた移植である。
アップルUのオリジナル版から移植されたラジオイデアをもとにコンピュータプログラムが生まれたとしても、やはり保護の対象になるだろう。
しかし、ソフトウェアに特許は認められないと聞いていたダン・Bは、特許を申請しなかった。
代わりに著作権を取得したBだが、彼にとって一枚の法定証書を持っているのといないのとでは、わずか数億ドル程度の違いしかなかったのである。
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